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東京地方裁判所 平成4年(ワ)3321号 判決 1993年12月21日

原告

川喜多シゲ子こと川喜多シゲヲ

被告

石井一男

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する被告石井一男については平成四年四月八日から、被告西村慎一については同年五月八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告らは、各自、原告に対し、金四七五万円及びこれに対する被告石井一男については平成四年四月八日から、被告西村慎一については同年五月八日(それぞれ訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、車両同士の衝突事故で一方車両に同乗していて受傷したとする原告が、相手車両の運転者である被告西村慎一に対しては民法七〇九条に基づき、同車の運行供用者である被告石井一男に対しては自賠法三条に基づき、右受傷及び後遺障害による損害の賠償(慰藉料分のみ)を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

(一) 事故の日時 昭和六〇年六月三〇日午後五時ころ

場所 東京都練馬区三原台三―七―一九先路上

(二) 加害者及び加害車両 被告西村慎一

普通乗用自動車(練馬五八た四二九〇)

(被告石井一男所有)

(三) 被害車両及び運転者 普通乗用自動車(練馬五八ね 七八六)

川喜多幸男

(四) 被害者 原告(大正四年一月一〇日生・本件事故当時七〇歳)

(五) 事故の態様 被告西村運転の加害車両が後退進行中、川喜多幸男運転の被害車両の右前部に衝突し、被害車両に同乗していた原告が頚肩部打撲・頚椎捻挫等の傷害を負つた。

三  本件の争点

1  被告らの責任原因

2  原告の受傷の内容と後遺障害の存否

3  右の後遺障害等に伴う損害額

4  原告と被告西村との間で交わされた示談の効力

第三争点に対する判断

一  被告らの責任原因

関係各証拠(甲1号証、5号証、11号証、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、被告西村は、加害車両を運転して時速約一〇ないし二〇キロメートルの速度で後退進行中、自車後方の安全確認を怠り、進行先の道路角から前進し安全確認のためほぼ停止状態にあつた被害車両の右前部に衝突せしめたもので、自車の進行方向である後方に対する安全確認を怠つたため本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条に基づき、原告が本件事故で蒙つ損害を賠償する責任があるもの、また、被告石井は、加害車両を所有し同車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、原告が本件事故で蒙つた損害を賠償する責任があるものというべきである。

二  原告の受傷内容と後遺障害の存否

1  原告が本件事故で前記第二・二・1・(五)記載の頚肩部打撲・頚椎捻挫の傷害を負つたことは当事者間に争いがなく、関係証拠上も明らかである。

そして、原告は、「原告には、事故前から骨粗鬆症等のほか胸椎・腰椎の圧迫骨折が存在したが、本件事故により少なくとも第二腰椎の圧迫骨折は加重されて腰痛等の症状も増悪したものであるから、これをもつて本件事故による後遺障害と認められるべきである」旨主張し、被告はこれを争う。

2  よつて、本件事故によつて生じた原告の後遺障害について判断するに、関係各証拠(甲1号証ないし19号証及び原告本人尋問の結果)によれば、以下の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件事故の態様は、前記一に摘示したとおりであるが、その衝突の際の衝撃は、被害車両の修理代金が金三五万円程度であることをも加味してみると、軽微ならざるものであつたこと。

(二) 原告は、昭和六〇年六月三〇日の右の事故後、自宅で安静にしていたが、疼痛が次第に強まつたため、同年七月五日になつて堀ノ内病院に治療に訪れ、同日から同年一二月三一日にかけて、同病院に一八回通院して治療を受けたが、同病院においては、傷病名を「頸肩部打撲・頚椎捻挫・腰部挫傷・腰椎捻挫」などと診断されていること。

(三) また、原告は、昭和六〇年一一月一九日から昭和六一年八月一八日にかけて、東京慈恵会医科大学附属病院に二八回通院して治療を受けたが、同病院においては、傷病名を「第一二胸椎、第一・第二・第五腰椎圧迫骨折」と診断され(この圧迫骨折については、昭和六〇年九月一八日のレントゲン検査において認められている)、昭和六一年八月一八日、症状固定の診断を受けているが、その際、「脊柱に円背著明。後屈時痛。第四・第五腰椎に圧痛。腰筋部に圧痛。知覚障害なし」との他覚所見が示され、また、自覚症状として、「腰が重い。右下肢のつり感。トイレが近い。重い物を持つと腰痛がある」との自覚症状があるとされ、今後回復の見込みがないと診断されていること。

(四) 一方、原告は、本件事故に先立つ昭和五九年四月二五日、前記堀ノ内病院において、腰痛を訴えて診察を受けており、その際のレントゲン検査の結果、第一二胸椎、第一・第二・第五腰椎の圧迫骨折のほか全体の骨粗鬆症・変形性脊椎症があることが認められているが、原告は、そのとき以降は、本件事故後の昭和六〇年七月五日までは同病院には通院もしていないこと。

(五) そして、本件事故の前後にわたつて原告の治療を担当した堀ノ内病院の院長小島武医師は、以上の事実関係のうち、レントゲン検査の結果や原告の症状等を踏まえ、「事故の前後において、全体の骨粗鬆症と変形性脊椎症には大きな変化はないが、事故後、第二腰椎の圧迫骨折の程度がより進行しており圧迫の程度がひどくなつていることが認められる(他の第一二胸椎、第一・第五腰椎の圧迫骨折及び変形には大きな変化はみられない)」としたうえで、前記の事故前後の通院加療状況等をも加味すると、「第二腰椎については、以前から存在した圧迫骨折が本件事故によつてよりひどく骨折したものと判断される」旨の所見を示していること。

3  以上の事実関係及び医師の所見に徴すると、原告には、本件事故以前から、骨粗鬆症及び第一二胸椎、第一・第二・第五腰椎の圧迫骨折という既往症が存在したが、これのみでは特に通院して加療を受けるほどの苦痛・不便がなかつたところ、本件事故により、このうち第二腰椎の圧迫骨折がより進行し、強度の腰痛に見舞われ、これがため事故後、比較的頻繁に通院加療を受けることとなつたものであり、症状固定時に残存する腰痛等の後遺障害は、本件事故によつてもたらされたものと判断される。

三  原告の受傷と後遺障害に伴う慰藉料額及び示談の効力

1  原告は、「右の後遺障害の程度は、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級表八級に相当するものであるが、この圧迫骨折が従前から存在したことにより障害が加重されたという点を考慮して、後遺障害慰藉料は、右等級の相当額の五〇パーセント分の金三七五万円が相当である。また、原告の受傷内容と通院経過等に照し、傷害(通院)慰藉料は金一〇〇万円が相当である」旨主張する。

他方、被告は、「原告と被告西村は、本件事故による原告の損害について、昭和六一年二月四日、金三八万四四六〇円を支払うことで示談を成立させ免責証書を作成したものであり、原告はそれ以上の賠償金の請求を放棄したものである」旨主張し、これに対し、原告は、右の示談の成立を否認したうえ、「右免責証書作成によつても、原告は被害者としての損害賠償請求権を全て放棄したものではない」旨反論する。

2  そこで、まず、右の示談・免責証書の作成とその効果の点について判断するに、乙1号証によれば、原告と被告西村との間において、昭和六一年二月四日、本件事故による原告の損害について、既払金一一万三九〇〇円のほか金二七万〇五六〇円を支払う旨の合意がなされ免責証書が作成されていることが明らかに認められる。

しかしながら、前掲関係各証拠によれば、原告は、右の免責証書作成当時、前示のとおり、腰痛等のため未だ東京慈恵会医科大学附属病院に通院して加療中であつたこと(示談前後においては、同年一月に一〇日・一三日・二四日の三回、二月に七日・一四日・二四日の三回通院している)、加害者側として示談交渉にあたつた被告西村の付保する保険会社の担当者は、原告宅を訪問して賠償額の交渉にあたつたが、右のように原告の通院が継続中であることを十分に確認せずに、原告が苦痛を訴え五〇万円の賠償額でも少ないと主張するのを、後遺障害が発生すれば後日被害者請求の手続きをとるようになどと説得して右の合意を取り付けるに至つたことが認められる。

右の事実関係に徴すると、右の賠償額についての合意は、当事者双方の認識からして、免責証書上の「甲(被害者たる原告)の被つた一切の損害に対する賠償金として」とか「その余の請求を放棄する」といつた定型文言の記載にかかわらず、前示の後遺障害の存在を前提としたものでないことはもとより、右合意の時点までの受傷とその加療に関する損害部分のみについて賠償の合意がなされたものと合理的に解釈されるべきである。

してみると、本件事故によつて原告に生じた後遺障害及び右の示談成立の日である昭和六一年二月四日以後の傷害(通院分)に対する慰藉料については、右の示談・免責証書の記載に拘束されず、被告らは、原告に対し、この部分についての賠償責任を免れるものではない。

3  そして、前示の原告の後遺障害の内容・程度及び右示談後の通院経過に加え、原告が自認するように、原告には前示の既往症が存在しこれが事故による受傷と加療及び後遺障害の発生・加重に寄与した点を考慮に入れると、右の後遺障害及び傷害(示談後の通院は約半年で実日数二一日)についての慰藉料としては、金一五〇万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告らに対し、各金一五〇万円及びこれに対する各被告に対する本訴状送達の日(被告石井一男については平成四年四月七日、被告西村慎一については同年五月七日であることが記録上明らかである)の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 嶋原文雄)

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